祖母の介護をしていた頃 もう50年以上前になるか
家で時間がある時に 鉛筆で絵を描いた。
そのころまでは 学校の授業でも 絵は好きだったが 特に上手いわけでもなく
賞をもらったこともない。
小さい頃から クレヨンや色鉛筆で 何か描くことが心を満たしていた。
介護で疲れた時 自分の時間を持ちたいと思ったとき 寂しさから逃れたいとき
孤独に打ちひしがれたとき 友達と別れた時など 無性に絵が描きたいと思った。
介護から 解放され 自分が何をしたいのか考えると 絵の道に進みたいと希望した。
通信教育の絵の学校を選び また絵を教える教室にも通い 勉強し続けた。
はじめは 石膏デッサンのような 木炭を使うものだったが
何もわからず始めたので 追及が足りないと言われ 紙が真っ黒になるまで
何枚も描いた。しつこいと言われるくらいやってみた。
油絵も 少しだけしかやったことがなかったので 本格的にできるまで
だいぶ時間がかかったと思う。
展覧会に出品するようになるまでには 何とかかけるようになり
県展や 公募展などで出品を次々にやった。
ひとよりも頑張っているつもりだったが いつも遅れて
なかなか追いつけなかった。今でもそうかもしれない。
公募展には 毎年出品して 落選したこともあるが 前向きに頑張っていた。
普通の写実的な絵画は 自分のものにしたくなかったので
デフォルメしたり 自分なりの絵で 褒められたり けなされたりした。
二つの展覧会で 会員になり 仕事を手伝ったりした。
引越しがなければ 今でもその生活は続いていただろう。
持っていた会員の役も やめてしまった。
それで 自由にはなれた。自分の絵を自分の手で人に見せれるのだから。
今は あまり毎日 絵を描いていない。
経験を生かさないのは もったいないし 申し訳ない気持ちがする。
だから 絵は捨てるつもりはない。
新しいキャンバスで 小品も大作も 描いていくつもりだ。
何時になるかわからないが やっていく。
(2023・12・11)
最近は 小品で油絵を何点かやっている。
描きたい気持ちが 素直に自分の中に入ってきて 毎日朝の短い時間を
描くことにしている。
個展を 生きているうちに開くことも考えているので 目標ができたようだ。
外で働かないと 今の生活が続けられないようなので 頑張っているが
いつかは家から離れない生活になることも考え 絵は頑張っていきたいのだ。
自分の独自の絵を描くことが 今目指すものだが
今までにも 中々規制の絵画から抜け出せないで苦しかった。
今は下手でも 好きなように描くように 心がけている。
今日は 上野の都美術館で 女流画家展を鑑賞した。
友人の絵も飾られていて 案内状を頂いたので 行ってみたのだ。
参考になりそうな絵や どうやって描いたのだろうと思うようなマチエールもあった。
壁のようなマチエールを出すのが 今目指しているものだが 色んな素材を
楽しみながら作ってみたい。
死ぬまで勉強とよく言うが 本当にその通りだと思う。
具象画も多かったが 私の好きなものは 面白い自由な絵だとあらためて思ったのだ。
個展が開けるように 枚数を重ねて 色んな絵を作ろう。
楽しみなことだ。
2026・6・7
