自由の範囲

日常

自分には 自由が限られていると 感じたことはないだろうか。
自分の生活において 家族や知人と一緒に暮らすと 自分の生活範囲が
妙に限られてくる。
年のせいもあるが 自分で無理だとか 遠出をする意欲に欠けるとか
動くのがつらいと思うことも原因だろう。
しかし それ以外に 自由に何かを買ったり 何か事を起こしたり
勇気のいる時間を作ることも 後ろめたい気持から自由に蓋をしてしまう。

若い時は 一人でどこにでも行ったり 色んな挑戦をしたり 一人で遊びに出かけたり
友達といろんな場所で楽しく過ごしたことがある。
ほんとに自由はいいと 制約された生活から逃避することが 自分の中で嬉しかった。
今はそんなことがない。全くないと言っていい。
どうしてなのかと考えると やはり自分で制約しているからだ。
出かけるときに 何も言わないで出かけると 悪いことをしているような気分になる。
自由を欲しいと願っても 相手が心配するのではないかとか 
相手が病気になったらどうしようとか 不安を持ってしまうからだ。
自分ではどうしようもないとあきらめてしまう。

だが それではいけないのだ。
自分の自由は 自分で何とかしないと いつまでも束縛からは逃れられない。
むかしは自由で謳歌していた時に 束縛の嬉しさも味わった。
それで 恋愛や 結婚もできた。
束縛が嫌でだめなら もっと自分の自由を持つことはできただろう。
幸せの在り処にも関係あるが 今を肯定しているなら 自由になりたいなどという必要はない。
自分で 自由を楽しみ 自分らしい楽しい時間を持つことが 自由の範囲なのだと思う。
                                      (2025・3・7) 

今は 自由という言葉にとらわれず ものを考え 行きたいところに行き
好きな買い物をしたり あれこれやりたいことが出来ている。
自分の性格から 自由の範囲を狭めているのは 勇気のなさや 積極性のなさ
経済的余裕のなさなどが 原因になっている。
もともとそういう自分が 自由ではないと感じていたのだろう。
それで 悩んだりすることがなくなったのは 楽観的になったからだろう。
疲れた時は 何も面白く無くて 夕食以降はすぐに休むのもいいことだ。
休日には 自分で公園を探し 少し電車やバスなどにも乗ったりして 出かける。
寝ながら 好きな数独を解いたり たまには 絵などをかいたりして 過ごす。
仕事の時には かわいい幼い子供たちと 心を通わせ 楽しんでいる。
いまは その仕事が 一番元気になる秘訣だ。
自由という言葉や 範囲に悩んでいたのは まだ自分が若かったからかもしれない。
年を重ねると そんなことにこだわる余裕がないのかもしれない。
ただ この先のことを考えると 不安もあるが なるようになると思うことにしよう。
それまで 身体をいたわりつつ やりたいことが出来るように
毎日を 精一杯生きることにしよう。

                                    2026・4・10 

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